大阪地方裁判所 平成10年(わ)570号 判決 1998年9月17日
主文
被告人を懲役三年六か月に処する。
未決勾留日数のうち一五〇日をこの刑に算入する。
理由
【犯罪事実】
被告人は、
第一 丙山一郎及び丁谷二郎の二名と共謀の上、平成九年一〇月一六日午後九時七分ころ、大阪府八尾市久宝園<番地略>所在の池田方北側路上において、同所を通行中の戊田春子(当時四九歳)の背後から、同女が左手に提げていた現金約一万三〇〇〇円及び財布等二五点在中の手提げバック一個(物品時価合計一万五〇〇〇円相当。同女所有)をひったくり、これを盗み取った。
第二 自転車で通行中の乙川花子(当時一五歳)を認めるや、甲野太郎(弁論分離前相被告人)と共謀の上、同女を強姦しようと企て、平成九年一二月一八日午後七時四〇分ころ、大阪府八尾市服部川<番地略>所在の株式会社稲田香樹園北側路上において、同女に対し、「どこ行くん。」「ちょっと、話しよか。」などと声をかけて同市服部川<番地略>所在の八尾市立△△小学校南校舎北東角出入口前付近まで同女を連行した上、同日午後八時ころ、同所において、同女に対し、右甲野が持っていた特殊警棒を突きつけたり、「服を脱げ。いややったら、殺すぞ。」などと怒鳴りつけたりし、被告人がコンクリート製ブロック(平成一〇年押第三八七号の1)を両手で持って振り上げながら「声出すな。」などと怒鳴りつけたりして、同女を脅迫し、その犯行を抑圧した上、甲野、被告人の順に各々複数回同女を強姦し、その際、右一連の姦淫行為により同女に対し加療約二週間を要する処女膜裂傷の傷害を負わせた。
第三 右強姦終了後の同日午後八時三〇分ころ、右強姦現場において、右乙川が右甲野に口淫を強いられている隙に、傍らに置かれていた同女の鞄の中から現金約二五〇〇円及び名刺等六点在中の財布一個(時価合計三〇〇円相当。同女所有)を抜き取って、これを盗み取った。
【証拠】<省略>
【強盗罪の訴因に対し窃盗罪を認定した理由】
一 本件の争点と当事者の主張
本件公訴事実第三記載の強盗罪の訴因は、要旨、「被告人は、甲野太郎と共謀の上、平成九年一二月一八日午後八時三〇分ころ、前記強姦致傷の犯行場所において、乙川花子が、被告人らの前記強姦行為に極度に畏怖し、抗拒不能に陥っているのに乗じ、同女からその所有に係る現金約二五〇〇円及び名刺等六点在中の財布一個(時価合計三〇〇円相当)を強取した。」というものである。
被告人と甲野とが共謀の上乙川に対し判示第二の強姦致傷の犯行に及んだこと、右強姦終了後、更に甲野は同女に口淫をさせたが、その間、被告人は、付近に置かれていた同女の鞄の中から判示第三の財布一個を奪ったこと(以下、これを「本件奪取行為」という。)、以上の事実は当事者間に争いがなく、証拠上も優にこれを認めることができる。
そこで問題は、本件奪取行為は強盗罪を構成するのか、それとも窃盗罪が成立するにとどまるのかである。この点に関し、検察官は、①被告人と甲野との間には、機会があれば他人から金品を奪い取ることを内容とすることについて暗黙の合意があり、本件奪取行為は右暗黙の合意に基づいて行われたから、右訴因のとおり強盗罪の共同正犯が成立する旨主張し(なお、検察官は、論告後、右は事前共謀を主張するものではなく、甲野が口淫をしていた現場において暗黙の共謀が成立したとの趣旨である旨釈明した。)、②仮に右の共謀が認められないとしても、被告人は、本件奪取行為以前に被告人や甲野が強姦等の目的で行った暴行・脅迫により乙川が抗拒不能の状態にあることを奇貨として、同女の気づかないうちにその鞄を物色して財布を盗んだのであるから、被告人単独の強盗罪が成立する旨主張する。他方、弁護人は、被告人と甲野との間には検察官主張のような強盗の共謀は存在せず、また、本件において被告人は、財物奪取の犯意発生後、財物奪取のための新たな暴行・脅迫を全く行っていないから、強盗罪は成立せず、窃盗の単独犯が成立するにとどまる旨主張している。
そこで以下、右争点につき、当裁判所の判断を示す。
二 具体的事実経過
まず、本件奪取行為の具体的経過や当時の状況について見るに、前掲の関係各証拠によれば、以下の各事実を認めることができる。
1 被告人と甲野とは判示第二のとおり共謀の上乙川を各複数回にわたって強姦したが、甲野は、右強姦によっても未だ射精に至っていなかったことから、右強姦終了後、更に、すっかり怯えきった状態で地面に座り込んでいる同女の正面に立つと、同女の後頭部を両手で押さえるなどしながら、同女の口に自己の陰茎を含ませ、強いて同女に口淫をさせた。
2 その間、被告人は、甲野の背後で人が来ないか見張りをしていたが、そのうち甲野の後方約数メートルの位置に乙川の鞄が置かれているのを認めたことから、にわかに右鞄の中から同女の金品を奪おうと思い立つに至った。そこで被告人は、同女が自分の方を見ていないか気になり、甲野や同女の方を一瞥したが、同女は右のとおり口淫を強いられていて、被告人の位置からは甲野の背後に隠れて顔が見えない状況にあり(現に、同女は、その後被告人らが現場を立ち去り、帰途に就くまで財布を奪われたことに気づかなかった。)、他方、甲野も反対方向を向いたまま口淫に夢中であって、被告人と視線を交わすことがなかったことから、被告人は、自己の判断により、両手でその鞄を持って開け、中に入っていた判示の財布一個を取り出し自分のジーパンのポケットに入れ、これを奪った。
3 一方、甲野は、右口淫の最中に一回後方を振り返った際、背後にいた被告人が同女の鞄を開けて中を見ている場面を目撃したが、振り返ったのはごく短時間で、被告人とも視線を交わさなかったことから(なお、被告人は、右のとおり甲野から自己の物色行為を目撃されていたことを本件捜査段階に至って初めて知った。)、その後被告人がどうするかについて深い考えを巡らせないまますぐに正面に向き直り、再び口淫に夢中になって、やがて同女の口内に射精した。
4 その後、被告人と甲野は、強姦現場から足早に立ち去り、バイクを駐車していた公園まで戻ったが、同所に至って初めて、被告人は、甲野に対し、乙川から財布を奪ったことを伝え、更に安全な場所に移動して、財布の中の現金を山分けした。
5 なお、被告人と甲野とは、かねてからの遊び友達であって、本件当時もしばしば二人で一緒にいわゆるナンパを繰り返していたが、二年ほど前に数回恐喝行為を行った以降は、ひったくり、恐喝等の他人の財物を奪う犯罪を共に行ったことはなかった。
三 強盗の共謀の存否(検察官の主張①について)
以上二に認定した事実によれば、被告人が財物奪取の犯意を抱くに至った時点から本件奪取行為に至るまでの間に、被告人と甲野との間で―暗黙のうちにせよ―財物奪取の意思疎通を図る機会はおよそなかったのであるから、検察官主張の現場共謀の成立を認める余地は全くないというべきである(もっとも、被告人の検察官調書[乙16]中には「もちろん女の子を抵抗できないようにして無理矢理セックスしたときには、どちらかが女の子の持ち物の中から、金目のものを奪うことについて、暗黙の合意があったのであり、私が奪わなければ、甲野が奪っていたと思います。」などと、あたかも財物奪取の事前共謀があったことを認めるかのごとき供述があり、甲野太郎の検察官調書[甲95]にも同趣旨の供述が存するが、事前共謀については検察官も主張しないところである上、前二5に認定の被告人らの近時の行動傾向や被告人らの公判廷での供述に照らしても、極めて不自然な内容であるといわざるを得ず、到底信用することができない。)。
よって、検察官の主張①(強盗罪の共同正犯)は、理由がない。
四 被害者の犯行抑圧状態を利用した強盗罪の成否(検察官の主張②について)
1 一項強盗罪が成立するためには、財物奪取の目的で、相手方に対しその反抗を抑圧するに足る暴行又は脅迫を加え、これを手段として財物を奪取することが必要である。
この点は、財物奪取の犯意を生じた時点で、相手方が何らかの理由(強姦等の性犯罪被害によるか、他の犯罪被害によるかを問わない。)により既に反抗抑圧状態に陥っている場合も同様であって、強盗罪が成立するためには、既にある相手方の犯行抑圧状態を利用し、あるいはこれに乗じて財物を奪取したというだけでは足りず、財物奪取の手段としての新たな暴行又は脅迫がなされて初めて強盗罪が成立するものと解すべきである(もとより、財物奪取の目的でなされた暴行・脅迫が反抗抑圧の程度に達しているか否かは、所与の具体的状況に徴して判断されるのであるから〔大判昭和一九年二月八日刑集二三巻一頁等参照〕、右のように相手方が既に反抗抑圧状態に陥っている場合には、その状態を維持継続させる程度の通常より軽度なもので足りる場合が多いのは当然である。)。
そして、以上は当裁判所独自の見解ではなく、従来からの判例の基本的立場であると解されるのである(出田孝一「強盗罪をめぐる二つの問題」『中山判事退官記念 刑事裁判の理論と実務』四八三頁等参照)。
2 そこで、以上の述べたような見地から本件について検討すると、前二に認定した事実経過によれば、被告人において財物奪取の犯意を生じて以降、少なくとも被告人自らが乙川に対し財物奪取の手段としての新たな暴行・脅迫を行った事実のないことは明らかである。
3 そうすると次に問題となるのが、本件奪取行為当時甲野が乙川に強いて口淫を継続させていたこと、そのため、結果として、被告人は同女に気づかれることなく容易に財布を奪い取ることができたことをどのように評価するかである。(1)一つの考え方として、甲野は強姦の共犯者である関係上、その強制わいせつ行為も被告人自身の行為と同視し、これをもって財物奪取の手段としての新たな暴行が行われたと評価するということも考えられないではない。しかし、財物奪取については何らの意思疎通もなく、ただ漫然と従前の強制わいせつ行為を継続しているだけの共犯者の行為をもって、財物奪取の犯意の下に行われた「新たな暴行」と評価することには疑問が残る。甲野において財物奪取の犯意を共有していない以上、被告人の側から見れば、被害者の反抗抑圧状態が事実上継続している場合と大差ないとも言い得るからである。(2)また、他の考え方として、被告人は、「故意のない道具」である甲野の強制わいせつ行為を利用して本件奪取行為に及んだものとして、間接正犯類似の構成により、甲野の行為を被告人自身の「新たな暴行」と見なし得るとする考え方も成り立ち得ないではない。しかし、この考え方については、次のような疑問がある。間接正犯においては、「道具」を利用する行為にこそその正犯性を認め得る所以があるが、本件の場合、被告人は、財物奪取の犯意発生後、甲野に対し何らの利用行為も行っていないのであるから、間接正犯の最も本質的な部分が欠けている。被告人は、甲野の口淫継続をあくまでも事実上利用しただけであるから、これをもって「道具」を利用して自ら行ったと言うには無理がある。
結局、甲野の強制わいせつ行為(乙川に対する口淫強要の暴行とその継続)は、当初の強姦の共謀に基づいて行われたものではある(したがって、これは判示の強姦致傷罪と包括一罪の関係にあり、仮に公訴事実中に記載されていたならば、当然被告人もその点につき共同正犯としての罪責を免れないであろう。)が、その中途で生じた被告人の財物奪取の犯意とは全く無関係に継続されたものであるから、これをもって、被告人が財物奪取の手段として新たな暴行を加えたものと評価することはできないというべきである。
4 なお、(A)検察官が論告中で引用する東京高判昭和三〇年七月一九日高刑集八巻六号八一七頁は、本件と同種の事案につき結論的に強盗罪の成立を認めているが、その理論構成は判然とせず、かえって反抗抑圧状態にある被害者に対しては、新たな暴行・脅迫がなされなくとも、その状態を利用しこれに乗ずるだけで強盗罪の成立を認め得るとする立場に立脚しているとも解し得るから、当裁判所とはその基本的立場を異にするものであって、判旨に賛同することはできない。また、(B)学説中には、判例は行為者が強姦又は強制わいせつ行為の継続中に財物奪取行為に及んだ場合には当然に強盗罪の成立を認める立場にあるかのごとくに論じているものもあるが、右学説がその論拠として言及している判例は、いずれも財物奪取の犯意発生後新たな暴行・脅迫が存する事案であって、前述のような判例の基本的立場から十分説明可能なものである上、理論的に検討しても、強姦又は強制わいせつ行為の継続中の財物奪取行為なるが故に当然に強盗罪の成立を認めるだけの根拠は乏しく、むしろ右のような事案においては、財物奪取の犯意発生後に、多くの場合「新たな暴行・脅迫と認め得る行為がなされることから強盗罪が成立することが多いというにすぎないのではないかと思われる。したがって、本件においても、本件奪取行為が強姦共犯者による強制わいせつ行為の継続中に行われたことの一事をもって強盗罪の成立を肯定することは当を得ないものと言わざるを得ない。
5 よって、検察官の主張②(被害者の反抗抑圧状態を利用した強盗罪)もまた理由がない。
五 結論
以上のとおりであるから、本件奪取行為については、強盗罪の共同正犯及び単独犯のいずれもこれを認めるに由無く、当裁判所は、判示第三のとおりの窃盗罪を認定した次第である。
【法令の適用】
(1) 「犯罪事実」記載の被告人の第一の行為は刑法六〇条、二三五条に、第二の行為は同法六〇条、一八一条(一七七条前段)に、第三の行為は同法二三五条にそれぞれ該当する。
第二の罪については、後記犯情により、その法定刑の中から有期懲役刑を選択する。
そして、第一〜第三の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重を行う。
以上により導き出された刑期の範囲内で、当裁判所は、後記「量刑の理由」により、被告人を主文記載の刑に処することとした。
(2) 被告人には未決勾留の期間があるので、刑法二一条を適用して、その日数のうち主文記載の日数をこの刑に算入する。
(3) 訴訟費用(国選弁護費用)が生じているが、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、被告人にはこれを負担させない。
【量刑の理由】
本件は、若く健康な身体を持ちながら定職にも就かず無為徒食の日々を送っていた被告人が、遊興費欲しさに、遊び仲間と共に身体の不自由な女性から手提げバック一個をひったくって盗み取り(第一事実)、自己の性欲を満たさんがため、ナンパ仲間と共に、夜間通行中の女子高校生を小学校の校庭に連れ込んだ上、共犯者ともども繰り返し輪姦して同女に処女膜裂傷の傷害を負わせ(第二事実)、強姦終了後、共犯者が強姦被害者に更に口淫を強いている間に、あろうことか同女の財布まで盗んだ(第三事実)という事案である。
右に見たとおり、いずれの犯行も極めて悪質であり、各犯行に至る経緯・動機にも全く酌むべきものがない。殊に、第二の強姦致傷の被害者は、本件当時高校一年生(一五歳)であって、それまで性体験がなく、本件においても何ら落ち度がなかったものであって、本件のごとき悪質極まりない輪姦行為により同女が被ったであろう肉体的・精神的苦痛の大きさには図り知れないものがある。同女の両親によれば、同女は本件後口数が少なくなり、好きだったバレーボールもやめてしまったというのであって、本件犯行が同女の心身に生涯にわたって消えることのない大きな傷跡を残したのではないかと強く懸念されるところである。後記のとおり、被告人の両親が誠意を持って慰藉の措置に努め、被害者の両親がこれに感じて被告人に対する寛刑を希望する旨の上申書を提出した後においてもなお、被害者本人自身は厳重処罰を希望する気持ちを変えていないのは、むしろ当然のことだと言わねばならない。そこで、以上見たような本件の犯情に加え、被告人らは第二、第三の犯行終了後被害者に対し口止め工作までしていること、被告人は、平成九年九月二五日に大阪家庭裁判所で恐喝未遂の非行事実により一般短期保護観察処分に付されたばかりであって、本件各犯行当時未だ保護観察中であったことなどの事情をも併せ考えると、被告人の刑事責任は相当重大であると言わざるを得ない。
しかし、他方、翻って被告人のために酌むべき事情にも目を転ずると、第一の窃盗に関しては、被告人は共犯者に誘われて犯行に加担したものであり、実行行為そのものは行っていないこと、被害物品の一部は既に被害者に還付済みであるほか、被告人の両親が被害弁償金として金二万円を被害者に支払っていること、また、第二、第三の犯行に関しては、被告人の両親や弁護人が被告人に成り代わって被害者側に対する慰藉に努め、その結果、被害者の両親との間では本件に関し既に示談が成立し、示談金三三〇万円も支払済みであること、そして、これに感じた被害者の両親から被告人に対する寛刑を願う旨の上申書が提出されていること、被告人は本件各犯行当時―成人間近であったとはいえ―少年であったこと、被告人も、現在では自己の悪行を深く反省する態度を示しており、被告人の家族は今後とも被告人の更生に全力を尽くす意思を表明していること、などの事情を窺うことができる。
そこで、以上の諸事情を総合勘案して被告人の量刑を考えるに、本件各犯行の態様の悪質さや第二の犯行の結果の深刻さに鑑みると、弁護人主張のような執行猶予の選択は到底あり得ず、相当長期間の施設内処遇は免れないと考えるが、なお、前述のような被告人のために酌むべき事情も存するので、当裁判所は、これらの事情をも総合考慮して主文の刑を量定するに至った次第である(求刑―懲役七年)。
よって、主文のとおり判決する。